2008年04月18日
桜並木
この前、全国的に桜の季節を迎えるようになった頃ですが、桜の木職人のような方がインタビューを受けていて、「染井吉野」が嫌いなようなことを仰っていました。
というのは、日本全国津々浦々には、本来地域に根付いた自然の桜があり、春になると山々で、それこそ色とりどりの桜花が咲き乱れていたそうです。それが、染井吉野という、日本の桜を象徴するような桜の存在が確立されて以降、日本の春の景色はどこも単色になってしまった、と語っていました。
私自身は染井吉野の桜の色は本当に美しく感じます。日本人が春の到来を歓迎し、桜を尊ぶ所以は、冬・厳・死から春・楽・生へと移行する、日本独自の桜に対する思い入れ、その精神的賛美から独自の美の観点を持っていると感じています。無論きれいなものはきれいで結構、なのですが、この桜が美しく感じる精神は、日本人にしか持てない観点があるのではないかと、常々感じながら桜を眺めています。そんな私ですが、冒頭の職人の語りには、大変衝撃を受ける内容でした。確かに身の回りの山々(長野県民ならではです)には、小さな桜の木や古木、いろいろな色で咲く春の花があることに気づきます。
今年の桜は、見ごろを迎えるや風雨に見舞われ、気温も不順で春光のなかゆったりと桜の花を楽しむ前に、散ってしまいました。残念であります。
